倍音

2022年07月1日 

倍音は自然な音

音楽に携わった活動なさってる方は、倍音についてはご存知かと思います。簡単に説明すると。例えば、100ヘルツの音をポーンと鳴らすと、その音以外に200ヘルツ、300ヘルツ、400ヘルツと、整数倍の振動数の音が同時になってしまいます。この音ポーンと慣らした音以外の音たちを倍音と言います。なので、意識的にも無意識にも、皆さんが耳にしている音で、私たちは倍音と共に生きています。
倍音は、嫌な感じはしない音だと思います。これは倍音が「なってしまう」自然のな音、摂理に乗っ取ったの音だからです。

熱心な教育者 バルトークのミクロコスモス

私は、近所のお子さんや大人の方にピアノを教えてます。
先日、小学生のピアノレッスンをしていて、バルトークのミクロコスモスの1巻をレッスンしてました。
バルトーク・ベーラという作曲家は、ご存知の方は多いと思いますが、現在のルーマニアに生まれ、ニューヨークで没した作曲家、ピアニスト、民俗音楽研究家、また熱心な教育者でもありました。この『ミクロコスモス』「小さい宇宙」いい名前ですね。これは彼が1930年前後にかけてかいた、ピアノのための練習曲集です。これはすばらしいピアノ教材です。

生徒さんは、この曲集の第一巻の最初の方を弾いていました。最初の方は、ほんの2~3段くらいの短い曲で、四分音符と二分音符くらいで構成されていて、音幅も小さく、手は鍵盤の上に置いたまま横移動がなので、手元を見なくても、ずっと楽譜を見ながら弾くことができて、なおかつとても分かりやすい作りになっています。そして、自然な音階、自然の摂理に乗っ取った音階でメロディーが作られています。一言で言うと、体の細胞に染み入る良いな、気持ちの良いメロディーです。ここで、音楽の何を学ぶのかは、ちょっと長くなるので、ここでは割愛しますが、それで、今回、その生徒さんは、そのミクロコスモスを弾いてる時に泣き出したんです。そして、それでも、声を出して歌いながら泣きながら弾き続けたんです。

作為的なものに触れた時

これは、このお子さんの中に何が起こっていたかというと、これは単に、家では弾けてたのに、今は引けないと、指が思うように動かない、と言た、悔しいと言う思いだけではないと思います。
私たちは生まれてから、多くの刺激や情報を受け入れて生きていきます。また、現代では、学校での規則、社会のルール、スマホの遠慮のない画像、機械的な電子音、音の並びが無秩序の流行りのヒットソング、コンビニの腐らない弁当、が当たり前に周りにあるような環境に暮らしているわけで、これが悪いと言ってるわけではないんです。たまにはジャンクフード、ジャンク音楽も楽しいよね、みたいなノリでたまにだったらいいと思うんです。ただ、こういった人間の作為的なものばかりで体が満たされると、作為的ではない自然なものが入ってきたときに、拒否反応が出るのではないかなあと思いました。

この生徒さんが涙したのは、自然界にある人間が本来気持ち良いと思う摂理ある響と、現実にある響の間に挟まって、困って苦しんでどうしたらいいかわからず、それが涙になったという要素もあるのではないかと思います。

簡単なのになぜできないのか

一方、この「簡単なのになぜできないのか」と言うフレーズなんですけども、これは「簡単そうに見えて実は難しい」というのではないです。
簡単なものは簡単なのです。難しいものは、この簡単なものの集合体で、それが複雑に絡み合ってると難しそうに見えてしまうんですね。ですから、紐を解いてあげれば簡単であることに気づくはずです。

楽譜をよく見て、紐解いて、理解する、と言うは、ピアノを弾く上でとても大事ですし、ピアノの限らず、色々なことについても言えると思います。

それで、その泣きじゃくる生徒さんに私は言いました。「1回で曲を合格させて丸をもらいうのが、目的ではないよ。わかって弾くことが大事なんだよ。」というと、泣き止んでホッとした表情になりました。正直、同時に私もホッとしましたけど。

エネルギーと勇気

整理整頓して物を見るって、自分のできない部分とか嫌な部分と向き合うことでもあるので、意外とエネルギーと勇気が必要なんですよね。
このミクロコスモス=小宇宙を弾く生徒さんは、自分のわからないこと、できないことに、未知なものに、泣きじゃくりながら真正面からぶつかっていったわけです。戦っていたわけです。私は、この生徒さんを深く尊敬します。