交換[前編]

2022年09月9日 

前回のブログVol.4では、小さい飲食店の食事メニューの作り方を取り上げましたが、これは「構成」するという作業が、私たちの生活の中で欠かせないものだという事が言えると思います。
そして、一人の構成が済んだらは、次は複数人の構成になるのですが、情報、考え、技術など自分が持っているものを他人と交換する必要が出てきます。「構成」→そして「交換」という一つの流れが出来上がるわけです。

そもそも「交換」って何だろう?
まず、前菜として、生物としての交換に少しだけ触れたいと思います。

鏡の国のアリス

『鏡の国のアリス』には、いつも走り続けている赤のチェスの駒の女王が出てきます。
「どうしてこんなに走っているの?」とアリスが聞くと、「同じところにとどまっているには常に走り続けていなきゃいけない」と、とにかく生き続けるためには、常に自分を変えていかなければいけないことの比喩として用いられていうのは、ご存知の方も多いと思います。

有性生殖、接合

生物としての交換、生殖には「無性生殖」と「有性生殖」の2種類があります。
ヒトは雌と雄が交配して子孫を残す「有性生殖」を行う生物だが、子孫を残すという意味では、個体が単独で新しい個体をつくる「無性生殖」のほうが有利である。にもかかわらず、生物が有性生殖を行うのは何故でしょうか?

例えば、大腸菌です。この細菌類は、お互いがちゅるちゅるとつながって、遺伝子を混ぜ合わせます。
これを「接合」というそうです。接合は、遺伝子の交換であり、でも、増えることとは関係ありません。
おそらく、別の個体の遺伝子を次から次へと混ぜ返して、どんな環境でも生きていけるようにと、生きるための多様性を創出することが必要だったのだそうです。

遺伝子レベルの交換は、実感としてないのですが、人間の日々の生活の中での交換について考えると、大きく端折ると、物質と物質の交換、知識や知恵の交換、など、見えるものみえないもの色々ありますが、一つ言えるのは、人間は交換が好き。
キャッチボールしてるだけでも、、おはようと挨拶するだけでも、何だか微量の快感を覚えるのは、人間は交換しなければ生きて行けない、これは、元を通れば、遺伝子レベルの交換の必要性の必要性から来るようにに思います。

多様性という言葉

ちなみに、最近は多様性と言って、色んな個性、タイプ、集団、いろ、形があっていいよね。みたいな、何でもありですり抜けられる便利な言葉として乱用されがちです。色々な個性がある、結果論で当たり前な話、受け身、受動的で、この安全パイみたいな多様性という言葉の使われ方というのは、私は違和感を感じます。

本来の多様性は、先程の遺伝子の話の通り、生きていくための必須であり、働きかけであり、生物の営み、であって能動的です。多様性という言葉の使い方は、色んな多様性があっていい、のではなく、色んな多様性をつくらなければならない。の方が、どっちかっていうと正しい。

交換

話を交換に戻しまして、この交換、機能的に大きく分けて4つに分けられます。

① 知り合いと、対価ありで、交換。
例えば、国家です。日本国に納税をすることによって、日本人が国のインフラやサービスを受けることができる。

② 知り合いと、対価なしで、交換。
例えば、家族です。家族であれば、助けが必要であれば、無条件でまずは手を差し伸べます。

③ 見知らぬ人と、対価ありで、交換。
例えば、市場です。何かを売ろうとしたときに、相手が知り合いだろうが知り合いでなかろうが、代金を持って会に来てくれたら売買、交換が成立。

④ 見知らぬ人と、対価なしで、交換。
ここの例は少ない。

Win win Lesson

私が実現したいシステム「Win win Lesson」は、不特定多数の知らない人と、知恵と知恵、レッスンとレッスンを交換したいので、④に入ります。
この交換の話には、贈与・無償という言葉も漏れなくついてくる言葉です。
次のブログで、交換について本題に入りたいと思います。
今日は交換のプロローグでした。お付き合い頂きありがとうございました。